2026.01.18

パパ・ディケイド

おまた〜♪

昔、面白くない上司に「おまた〜♪」と往年のギャグを言われ、殺意しかわかなかったことを思い出しながら、久々に会社のブログを更新します。

そうです。

日々、タイトなスケジュールなんです。

BoAのジーンズのようにねじこまれる私のスケジュールという戦うボディ。

インスタ広告つくったり、note書いたり、新しい受講プランを出したりしてたら、秋ぐらいから生徒さんが急増。

何が効果があったのかがわからないまま、インスタもnoteもこのブログを更新する間もなく、ただひたすら無の境地で目の前のお仕事に向かう日々。

そんな感じだったのですが、ひさびさに余裕ができたのでした。

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

そうです。

本日で私がパパに就任して10周年になるのです。

正しくは息子の10歳の誕生日といいます。

目の中に入れても痛くない、結膜炎にもならないぐらいにかわいい愛息を祝うためにパーッといきたいところですが、愛息と愛妻はパパ・ディケイドを残して愛義母と東京湾のネズミの国へ。

大人になるまで社宅という名のネズミだけではなくゴキブリも出てくる夢の国に住んでた私にはそんなところに金払っていく理由がよくわかりませんが、最近は街もキレイになったのか普通はそんなもん出ないのかネズミを見ることがなくなりました。

あの動き、あの速さの気持ち悪さたるや。

そこからあんなかわいいマスコットに昇華できるのは常人の仕業だとは思えません。

さておき、私は人生カウントダウンが始まっていることを感じながら生きてますが、10歳を迎える愛息は今後どう生きていくんでしょう。

彼の自然な成長を止めないようには意識して育ててきました(ほぼほぼ放置してきました)。

「こういう世界もあるよ」を伝えることも親の義務だと思うので、気づく範囲では伝えてきましたし、彼の好奇心を夫婦で応援してきたはず…。

現在スクールでは10年後、20年後の彼が頑張ってます。

正しくは頑張れる人もいれば、頑張れない人もいる。

学ぶということの意味を理解している人もいれば、理解できていない人もいる。

他者からの僅かながらのアドバイスが活きる人もいれば、活きない人もいる。

どんな人生を歩むかは自分が選んだ一歩一歩の分かれ道の形跡。

私は運よく受験はうまくいったのですが、彼がどんな運の持ち主か。

私は運よくたくさんの素敵な人に恵まれましたが、彼にはどんな出会いが待っているのか。

私なんかより愛らしく、はるかに周りから可愛がられる我が息子なので大丈夫なんちゃうかなとか親バカながら思っています。

パパみたいに能力で戦えないやつは愛嬌と必死さで這いつくばって生きていくのみ。

考えてみると10代が一番人生で苦しかった時代かもしれません。

未来への解像度がボケボケで。

でも、主体的に生きたら楽しい人生が待ってました。

いろんな壁にぶつかりながら自分の形をつくっていってください。

スクール名を大阪本町制作所デザインスクールから本町デザインスクールに変更しました

2025.08.13

スクール名が変わりました。

8月からスクール名を「大阪本町制作所デザインスクール」から「本町デザインスクール」に変更しました。

なぜ…。

弊スクールはオンラインでも教室でも受講できるスクールなのです。

オンラインと教室、どっちの方が効果が高いか?というと授業を全て録画できるオンライン授業の方が高いと思います。

ただ、弊スクールにお問い合わせいただく方のほとんどはGoogle検索からで、

・大阪
・教室

で学びたい方だったりします。

今のGoogleの検索システムが地域密着型のため、弊スクールは他府県からは見つけにくい仕様になっているのです。

ですが、大阪の方だけではなく、国内の多くの人に完全個別授業を受講してもらいたい。

という思いから、いろいろ施策を打っているところであります。

そんな感じで全国の方に自分たちのことを認知していただくべく、開校14年目にして初めて広告を定期的に出しているのですが、予算も限られるためInstagram広告だけ出しています。

そんな中でもしや

「大阪 = 怖いからイヤだ」

と思う人がいるのではないでしょうか、と。(どれだけ大阪人の印象って世の中的に悪いんでしょう…)

あと、地名がガンガンに入っていると

「教室しか受講できない」

と思われてしまうかもしれません。

オンラインでの受講を推奨しているのに!!

そんな感じで、会社名から全国によくある地名(大阪人じゃなければ大阪臭がしない)の「本町」だけ残したわけです。

実際、教室希望で入学した方の半分以上はオンライン授業に変更します。

学習効率もそうですし、通学にかかる時間、お金等を考えてもそれが妥当だと思います。

デザインスクールが乱立する中で、みなさんがゴールを達成できるスクールを一人でも多くの方に提供するのが私だったり弊スクールの役目だったりします。

その中で全国に向けて講師募集しながら、場所に縛られず受講できる体制づくりを現在行っている最中です。

そんな感じで

「大阪以外の人も受講してください〜」

なメッセージからのスクール名変更でした。

・他校ではほぼ学べないデザインについてしっかり学べる
・未経験でもソフトの操作からきっちり学べる
・完全個別授業だから一人ひとりに合わせて授業を行う

というところを気に入っていただきご入学される方が大半ですが、そういう場所を全国の方に届けるために。

そんな感じの理由でした〜

2025.05.06

四十九歳の地図

GW最終日、雨でやることもなさそうなので会社のブログ更新します。

来たるべき18日で齢49歳を迎える私。

「人生もう半分もないんや」

「今みたいに仕事したり遊んだりできるのは、あと何年やろう…」

と考える解像度も年々高くなり、今や高解像度1200ppiぐらいです。

ということで、誰も興味がない、嫁さんも親も生徒さんも興味がない49歳の私のお仕事観の話をしてみます。

仕事は誰かの力になること

起業するまでの会社員時代。

「仕事 = 生きるための犠牲」

完全にそうでした。

ただただ会社員である自分に限界を感じただけの起業でしたが、起業してからは考えることばかり。

・自分は1時間いくらもらっていいのか?
・自分は1日に何時間働かないといけないのか?
・自分はどれぐらいのペースで休みを取っていいのか?
・仕事って何なのか?

自分には人様みたいに1日8時間完全週休2日制を取る資格があるのか?を考え、自分の適価を考え、最終的にはそもそも仕事って何なんだろう?って哲学者みたいになり。

本、ネット、周りの人、いろいろと答えを探し続ける日々で、それは今もだと思います。

ただただ会社に言われたことだけやってたら評価されてそこに何も思わなかったダメ人間が起業してから見えてきた仕事像は

「仕事 = 誰かの力になること」

なんだろう、と。

自分の何か(知識、経験、時間、我慢等)を社会の満ちていないところに提供し、対価をもらう。

この仕組みの中で生きていく。

じゃ、何が「自分が売れるもの」で、何が「社会の満ちていないところ」なのかを考える。

それを探し、調べ、試す、の繰り返しがお仕事だったりします。

本当にただただ運と時勢がよかったん起業からの10年。

コロナ禍で私達の業界に大変革が起こり、時勢が一気に変わったこの数年。

だんだん、「今の自分が売れるもの」と「今の社会の満ちていないところ」が見えてきたのかなというぐらいの感じです。

頑張ろう、もうすぐ49歳な私。

アイデアは自分が見てきた景色

目の前でデザインが浮かばずに苦しむ方。

表現で苦しむ。
情報の整理で苦しむ。

・見てきたものの数が足りない
・見てきたものを目の前のものに置き換えることができない

のいずれかか、両方かどちらかなのかなと思いながら、どういう方法論があるのかを考えます。

・日々インターネットをしない人がWebサイトをデザインできないし、そもそも想像もできない。
・パソコンでインターネットをしない方がパソコン用のWebサイト作成で困る。
・プロの訓練を受けてない人がつくったバナーしか見たことがないから、プロのレベルがわからない

14年前にスクールを開講したときより顕著です。

パソコンの操作も不慣れ、データの概念も全く理解できていない、それが現代です。

年齢は関係ないです。
現代を生きる多くの人の共通項だと思います。

私たちは情報整理のプロであり、表現のプロであり、課題解決のプロでないとお金をもらえません。

プロということはそのへんの人より、そのジャンルに関しての能力が高くないと成り立ちません。

このあたりの自覚をどう促すかも私の重要課題です。

そして、本当の課題は上記のようなパソコン、インターネット、データやらという課題ではなく、表現であり、情報の整理にあると思うのです。

今回は表現の話に特化すると、

・誰かがつくったものを見る数が少ない
・誰かがつくったものを見る幅が狭い
・誰かがつくったものを見て考える数が少ない
・誰かがつくったものを見て考えて言葉にする数が少ない

インターネットの発達やそこから派生したであろう推し文化、他人との接点のなさがそれらをますます強くしていってると思います。

私たちは誰かがつくった言葉を使ってコミュニケーションを取り、ほとんど誰かがつくったものの中で生活しています。

誰も考えたことないことを完全にゼロから考えた人は神クラスでしょうし、もうその余地はないのではないでしょうか。

人生のエリートコースを早々と脱線したけど、どうにかこうにか生きている私としては、「好き」を単なる趣味じゃなくて、仕事に昇華できたら、すごい武器になるのにと思ったりします。

そして、世の中にはたくさん天才がいて、いろんないいものがあるから、「好き」の範囲を決めつけずに、貪欲に「好き」を広げて欲しいなって思います。

人がつくったものからはいろんな学びがありますし、天才がつくったものは私を含む凡才に新しい景色を見せてくれ、「考える」の機会をつくってくれます。

何かを「好き」になるのも一つの能力なのかもって思ったりもする49歳。

「好き」を肯定し、ただ盲目的にそれだけを追っかけるんじゃなく、新たな「好き」との出会いに貪欲でないといけない。

私自身がお仕事柄、自分にそうあれと意識していますし、ここは何かをつくれるようになりたいのなら、皆さんにもそうあって欲しいなって思います。

まとめた

そんな感じで毎回同じこと言っているのかもしれませんが、日々そんなことを考える私でした。

自分の人生も自分の能力も自分が歩んできた道でしかなく。

何かのせいにするのは簡単ですが、それが楽しいか、幸せかは人生観かもしれません。

著者

著者

大阪本町制作所デザインスクール代表。講師。株式会社大阪本町制作所 代表取締役。初老のおっさん。